靴修理:加水分解したジャーマントレーナー再生
2026/01/30
はじめに:一足のジャーマントレーナーが語る物語
スニーカー史におけるマスターピース、ジャーマントレーナー。1970年代から80年代にかけてドイツ軍のトレーニングシューズとして採用されていたそのデザインは、今やメゾンブランドからカジュアルブランドまでがサンプリングする、時代を超えたスタンダードです。
今回お預かりしたS様のジャーマントレーナーも、長年大切に履き込まれたことが伝わってくる一足でした。しかし、どれほど大切に扱っていても避けて通れないのが、ソールの寿命――特に**「加水分解」**という宿命です。
「もう履けないかもしれない」と諦めかけるような状態から、いかにして再び街を歩ける一足へと蘇らせるのか。その職人の手仕事の裏側を紐解いていきます。
1. 忍び寄る「加水分解」の正体とそのメカニズム
「久しぶりに靴箱から出したら、ソールがボロボロと崩れた」「歩いていると黒い破片がポロポロ落ちる」……これこそが、多くのスニーカーを死に至らしめる「加水分解(Hydrolysis)」です。
なぜ加水分解は起きるのか?
多くのスニーカーのミッドソールには、クッション性に優れた「ポリウレタン(PU)」が使用されています。このポリウレタンという素材は、空気中の水分と反応し、化学的に分解される性質を持っています。
水分の蓄積: 日本の高温多湿な気候は、ポリウレタンにとって非常に過酷です。
分子鎖の切断: 湿気が素材の内部に入り込むと、ポリウレタンの分子結合を切り離していきます。
物性の変化: 結合が切れたソールは、弾力性を失い、最終的には粘土のようにベタつくか、クッキーのように脆く崩れ去ります。
皮肉なことに、加水分解は「履かずに大切にしまっておく」ことで加速する場合もあります。適度に履くことでソール内の水分が押し出されますが、密閉された靴箱の中では湿気が停滞し、分解を早めてしまうのです。
2. 修理の第一歩:過去の痕跡を「美しさ」に変える工夫
今回のジャーマントレーナーも、オリジナルのガムソールが劣化し、剥がれや崩れが始まっていました。スニーカー修理において最も難しいのは、**「古いソールを剥がした後の接着跡」**をどう処理するかです。
本革のサイドパッチという選択
オリジナルのソールがアッパー(靴の本体)の側面を覆うようなデザイン(サイドマッドガード形式)だった場合、ソールを剥がすと、どうしても接着剤の跡や素材の荒れが露出してしまいます。
これをそのままに新しいソールを貼ると、見た目の美しさが損なわれます。そこで私たちは、**「側面に本革を縫い付ける」**という手法を採りました。
跡形を隠す: 古い接着跡を上質なレザーで覆い隠します。
強度の向上: 接着だけでなく「縫い」を加えることで、アッパーとソールの接合強度を飛躍的に高めます。
デザインのアクセント: 同系色、あるいはあえて異なる質感の革を選ぶことで、世界に一足だけのカスタム感が生まれます。
3. 構造の再構築:EVAスポンジとVibram 1220の融合
加水分解の不安を永久に解消するため、今回のオールソール交換では素材選びを根本から見直しました。
軽量かつ劣化に強い「EVAスポンジ」
新しいソールの土台(ウェッジソール)には、EVA(エチレン酢酸ビニル共重合体)スポンジを採用しました。
耐加水分解性: EVAはポリウレタンと違い、水分によって崩れる心配がほとんどありません。
軽量性: 長時間の歩行でも疲れにくい、驚くほどの軽さを実現します。
加工性: S様の足の運びや靴のバランスに合わせ、職人が手作業で削り出し、理想的なローリング(歩行時の足の返り)を生み出します。
信頼の「Vibram 1220」ソール
地面に接するアウトソールには、世界中の靴職人から信頼されるイタリア・ヴィブラム社の**「Vibram 1220」**をチョイス。
優れたグリップ力: 濡れた路面でも滑りにくく、確かな歩行をサポートします。
高い耐摩耗性: 摩り減りに強く、長く愛用していただくための最適な選択です。
クラシックな表情: ジャーマントレーナーのミニマルな美しさを損なわない、スマートなトレッドパターンが特徴です。
4. 職人のこだわり:一足一足に宿る「手仕事」の温度
私たちの修理は、単なるパーツの交換ではありません。それは、お客様と靴が共に歩んできた「時間」を尊重する作業です。
S様のジャーマントレーナーを仕上げる際、特に神経を注いだのは**「靴全体のバランス」**です。新しいソールを付けることで、オリジナルのシルエットを崩してしまっては意味がありません。
コバ(側面)の仕上げ: EVAスポンジとVibramソールの接合面を、まるで元から一体だったかのように滑らかに研磨します。
ステッチの精度: サイドに施した本革の縫製は、一針一針慎重に。ミリ単位の狂いも許さない職人の目が、靴に新たな生命を吹き込みます。
5. おわりに:靴を直して履く、というサステナブルな贅沢
使い捨ての時代だからこそ、気に入った靴を修理して履き続けることは、何よりの贅沢だと私たちは考えます。 S様からお預かりしたこの一足も、今回のオールソール交換によって、加水分解の悩みから解放され、さらに数年、十数年と歩みを共にできる準備が整いました。
ソールが崩れてしまったからといって、その靴との思い出まで捨てる必要はありません。
「お気に入りのスニーカーがボロボロになってしまった」
「加水分解が怖くて履けない靴がある」
「もっと履き心地を良くしたい」
そんなお悩みをお持ちの方は、ぜひ一度ご相談ください。 東京都のS様、この度は大切な一足を私共にお預けいただき、誠にありがとうございました。新しいソールと共に、素敵な日々を歩まれますように。
お客様の大切な思い出、私たちが守ります。 どんな状態の靴でも、まずはお気軽にお持ち込みください。職人が直接、あなたの靴の可能性を診断いたします😊
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