【修理事例】ニューバランス1300の「顔」を再生する。加水分解したシュータンを本革と新たなスポンジで再構築。
2025/12/23
岩手県にお住まいのH様より、靴修理の聖地・倉敷の「いずみ靴店」へ、一足の特別なスニーカーが届きました。 その靴の名は、New Balance(ニューバランス)「1300」。
1985年に登場し、かのラルフ・ローレン氏が「まるで雲の上を歩いているようだ」と絶賛したという伝説を持つ、スニーカー界のロールスロイスとも称されるフラッグシップモデルです。発売当時、スニーカーとしては異例の高価格でありながら、その履き心地と完成度の高さから、今なお世界中のコレクターやファッショニスタを魅了し続けています。
しかし、そんな名品であっても、日本の気候と「時間」という試練には抗えません。今回、H様から託された1300は、このモデルが抱える「宿命の悩み」に直面していました。
1. 診断:崩れ去るシュータン、失われた誇り
H様の1300を箱から取り出した際、真っ先に目に飛び込んできたのは、無残にボロボロになった**シュータン(ベロ)**の状態でした。
加水分解という逃れられない病
ニューバランス1300のオリジナルに近い仕様では、シュータンの内部にクッション性を生むためのスポンジが封入され、表面は合成皮革(人工皮革)で覆われています。この素材の組み合わせが、数年の歳月とともに牙を剥きます。それが**「加水分解」**です。
表皮の剥離: 表面の合成皮革は、水分と反応してコーティングが剥がれ落ち、触れるだけで黒い粉が手に付くような、ベタつきを伴う「ボロボロ」の状態になっていました。
スポンジの消失: 内部のスポンジは弾力を完全に失い、スカスカの粉状に変化。本来であればふっくらと厚みを持ち、足の甲を優しく包み込むはずのシュータンが、中身のない「抜け殻」のようになり、自立することすらできなくなっていました。
シュータンは、いわばスニーカーの「顔」です。ここが崩れてしまうと、どんなにアッパーの質が良くても、靴全体の印象がひどく疲れて見えてしまいます。何より、クッション性が失われることで、紐を締めた際に足の甲へ痛みが伝わり、1300最大の魅力である「至高の履き心地」が損なわれていました。
H様の「もう一度、この靴と一緒に歩きたい」という想いを受け取り、私たちはこの「顔」の全面的な作り直しを決断しました。
2. 執刀:解体から始まる再生へのプロセス
修理は、まず「壊す」ことから始まります。もちろん、それは再生のための精密な解体です。
本体からの分離
まず、シュータンを靴本体に繋ぎ止めているステッチを、一針ずつ丁寧に解いていきます。1300のアッパー素材(ヌバックやメッシュ)を傷つけないよう、専用のリッパーとピンセットを使い、慎重に切り離します。
内部の清掃(デブリードマン)
解体したシュータンを開くと、中からは加水分解してドロドロ、あるいは粉状になったスポンジの残骸が出てきます。これを完全に除去しなければ、新しい素材を馴染ませることはできません。ブラッシングと専用のクリーナーを使い、残った粉を一つ残らず取り除きます。この工程を疎かにすると、修理後に内部から粉が出てくる原因になるため、徹底的に行います。
3. 構築:本革と高密度スポンジによる「進化」
今回の修理のポイントは、単に元通りにするのではなく、**「元よりも長く、美しく保てる仕様」**へアップデートすることにあります。
素材の選択:本革への置換
元の表皮は合成皮革でしたが、今回私たちは**「本革」**を使用することを選択しました。 合成皮革は製造から数年で再び加水分解を起こしますが、本革であれば、適切な手入れをすることで、その寿命は飛躍的に伸びます。1300の持つクラシックな質感に合わせ、柔らかく、かつ耐久性のある極薄のカウレザーを厳選。これにより、二度と「ボロボロと剥がれる」ストレスに悩まされることはありません。
芯材の選定:自立するシュータンへ
内部には、へたりにくく、かつ足当たりのソフトな新しい高密度スポンジを封入します。 「スカスカ」だった状態から、適度な厚みと弾力を持たせることで、シュータンがシャキッと自立するように設計。これにより、脱ぎ履きのしやすさが向上するだけでなく、履いた瞬間に足の甲を包み込む「あの感触」が復活します。
ロゴマークの移植(アイデンティティの継承)
1300にとって最も重要なディテール、それがシュータン上部の**「ロゴラベル」**です。 このラベルだけは、代わりのきかないオリジナル。古いシュータンから剥がれ落ちそうになっていたロゴを慎重に救出し、新しく切り出した本革の土台へと縫い付けます。ここを活かすことで、修理後も「1300である証」が誇らしげに輝きます。
4. 熟練の技:八方ミシンによる魂の縫製
全てのパーツが整い、いよいよ最終工程である「本体への縫い付け」です。 ここで活躍するのが、靴修理界の至宝**「八方ミシン」**です。
スニーカーの奥まった部分、特にシュータンの付け根付近は、通常の平ミシンや腕ミシンでは物理的にアプローチが非常に困難な場所です。しかし、針が360度自在に向きを変えられる八方ミシンであれば、靴を複雑に回転させながら、元々あった縫い穴を正確にトレースして縫い上げることが可能です。
一針、一針。 ミシンのリズムを指先に感じながら、本体のスエードと新しい本革のシュータンを一体化させていきます。元の針穴を外さないことは、見た目の美しさだけでなく、素材の強度を保つためにも不可欠な職人技です。
5. 完成:岩手へ帰る、生まれ変わった1300
作業を終えた1300を検品台に置いた瞬間、そこには数日前までの「力なく折れ曲がっていた靴」の姿はありませんでした。
凛として垂直に立ち上がるシュータン。
本革特有の、しっとりとした上品な光沢。
指で押すと、心地よい反発を返すクッション性。
見た目の美しさはもちろんのこと、実用面でも大幅に強化されました。本革を使用したことで、履き込むほどにH様の足の形に馴染み、世界に一足だけの「1300カスタム」へと育っていくはずです。
職人からのメッセージ
岩手県のH様、この度は遠方より当店を信頼して大切な一足を託していただき、誠にありがとうございました。
ニューバランス1300は、手入れをしながら履き続ければ、10年、20年と寄り添ってくれる素晴らしい靴です。今回、弱点だったシュータンを本革で作り直したことで、その寿命は確実に延びました。
これからは加水分解のベタつきを気にすることなく、岩手の美しい景色の中を、この1300と共に颯爽と歩いていただければ幸いです。
修理のまとめ
項目詳細
ご依頼主岩手県 H様
対象モデルNew Balance 1300
主な症状シュータンの加水分解(表皮剥離、スポンジ消失)
修理内容シュータン解体・清掃、内蔵スポンジ交換、表皮本革張替え、ロゴ移植
使用素材厳選カウレザー(本革)、高密度クッションスポンジ
使用機械八方ミシン(精密再縫製)
靴の劣化でお悩みの皆様へ
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いずみ靴店では、今回のようなスニーカーの重度な加水分解リペアをはじめ、紳士靴、婦人靴のあらゆるトラブルに対応しております。
岡山県倉敷市の店舗への持ち込みはもちろん、全国からの郵送修理も随時受け付けております。あなたの足元を支え続けてきた大切なパートナーに、もう一度光を当てるお手伝いをさせてください。
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