修理事例】ニューバランス576の魂を呼び覚ます。加水分解したヒールカップを本革で再構築し、Vibramソールで新たな歩みを。
2025/12/23
修理事例】ニューバランス576の魂を呼び覚ます。加水分解したヒールカップを本革で再構築し、Vibramソールで新たな歩みを。
東京都にお住まいのI様より、大切な一足をお預かりいたしました。 今回のご依頼は、スニーカー界のマスターピースの一つ、**「New Balance(ニューバランス) 576」**のフルリカバリーです。
ニューバランス576といえば、1988年の登場以来、その圧倒的な存在感と履き心地の良さで、世界中のファンの足元を支え続けてきた名作中の名作。オフロード用として開発されたその堅牢なフォルムは、ストリートシーンにおいても時代を超えて愛され続けています。
しかし、どれほど優れた名作であっても、避けて通れないのが「経年劣化」という宿命です。今回、I様から託された576も、まさにその宿命と直面していました。
1. 診断:樹脂パーツの「加水分解」という宿命
お送りいただいた576を拝見してまず目に飛び込んできたのは、ヒール部分の無残な状態でした。
ニューバランスの多くのモデルには、踵のホールド感を高めるために樹脂製の「ヒールカップ」が装着されています。新品時には適度な弾力と硬さで足を支えてくれる心強いパーツですが、ここに使用されているポリウレタン樹脂には、日本の高温多湿な気候下では避けて通れない**「加水分解」**という弱点があります。
加水分解とは、空気中の水分と樹脂が化学反応を起こし、ボロボロに崩れてしまう現象です。I様の576も、指で触れるだけで「バキバキ」と音を立てて砕け散るほど劣化が進んでいました。こうなると、見た目が損なわれるだけでなく、踵を支えるという本来の機能も失われ、歩行の安定性が著しく低下してしまいます。
また、長年愛用されてきた証として、アウトソールの摩耗も限界に達していました。パターンは薄くなり、特に接地面のグリップ力が低下。「雨の日の駅のホームなどで滑りやすさを感じる」というI様のお悩みは、まさにこのソールの寿命が原因でした。
通常であれば「もう寿命だから……」と諦めてしまいそうな状態です。しかし、大切に履き込まれたアッパーのスエードには、まだ十分に現役で戦える力強さが残っていました。
私たちは決意しました。**「この靴に、もう一度命を吹き込もう」**と。
2. 職人の手仕事:ヒールカップを「本革」で仕立て直す
今回の修理の最大の山場は、失われた樹脂製ヒールカップの再生です。
メーカー修理であれば、同じ樹脂パーツへの交換が一般的かもしれません。しかし、それでは数年後に再び加水分解が起こるリスクを排除できません。そこで「いずみ靴店」がご提案し、実施したのが**「本革によるヒールカップの再構築」**です。
素材へのこだわり
代用品として選んだのは、厳選した厚手の**本革(カウレザー)**です。 樹脂は数年で劣化しますが、本革は手入れ次第で一生ものです。履き込むほどに足の形に馴染み、独特の風合いが増していく。これは樹脂パーツでは決して味わえない、カスタム修理ならではの魅力です。
型取りと加工
元の樹脂パーツの形状を忠実に再現するため、残された破片から慎重に型紙を起こします。革を切り出し、エッジを薄く漉(す)くことで、アッパーと馴染んだ際に違和感が出ないよう細心の注意を払います。
魂を吹き込む「八方ミシン」
縫い付けに使用したのは、靴修理職人の相棒とも言える**「八方ミシン」**です。 通常のミシンとは異なり、360度どの方向にも送りが出せるこの特殊なミシンは、スニーカーのような複雑な曲線を持つ靴の、しかも踵という非常に縫いにくい箇所へのアプローチを可能にします。
一針一針、元の縫い穴を追いかけるように丁寧に。アッパーの素材を傷めず、かつ強固に固定する。機械でありながら、まるで手縫いのような繊細さが求められる作業です。完成したヒールカップは、元のスポーティーな印象を維持しつつも、どこか上品で高級感の漂う佇まいへと生まれ変わりました。
3. ソール交換:Vibram 298Cという最適解
続いて、足裏の安心感を支えるアウトソールの交換です。 今回採用したのは、世界最高峰のソールメーカー、イタリア・ヴィブラム社の**「Vibram 298C」**。
なぜVibram 298Cなのか?
このソールは、カップソールタイプの中でも特にスニーカーのリカバリーに適した設計がなされています。
グリップ力: 濡れた路面でも安定した歩行を約束する、独自のラバーコンパウンド。
耐久性: 摩耗に強く、長期間の使用にも耐えうるタフさ。
デザイン: ニューバランスのクラシックな雰囲気を壊さない、シンプルかつ機能的なパターン。
古いソールを慎重に剥がし、ミッドソールの状態を確認。接着面を整える「バフ掛け」を行い、専用のプライマーとボンドを使用して圧着します。スニーカーのソール交換において最も重要なのは、この接着工程です。剥がれにくく、かつ美しい仕上がりを目指し、プレス機で均一に圧力をかけていきます。
5. 最後に:倉敷から全国の「捨てられない靴」のために
今回の事例のように、スニーカーは加水分解してしまったら終わり、ではありません。 適切な処置と、職人の技術、そして「また履きたい」というオーナー様の想いがあれば、靴は何度でも蘇ります。
「いずみ靴店」は、岡山県倉敷市に店を構えていますが、今回のように東京都をはじめ全国各地から配送での修理依頼を承っております。
加水分解で諦めていたお気に入りの一足
ソールが減って滑りやすくなった愛靴
思い出が詰まっていて捨てられない大切な靴
もし、あなたの下にそんな靴が眠っていたら、ぜひ一度私たちにご相談ください。 素材の特性を見極め、一足一足に最適な「延命策」をご提案させていただきます。
I様、この度は大切なニューバランスを託していただき、誠にありがとうございました。 本革のヒールカップが、I様の足に馴染み、素晴らしい歩行体験を提供してくれることを心より願っております。
これからも、その一足が素敵な場所へ連れて行ってくれますように。
【今回の修理内容】
モデル: New Balance 576(ニューバランス576)
修理部位: ヒールカップ交換(本革仕様)、アウトソール全交換
使用素材: カウレザー(本革)、Vibram 298C
作業ポイント: 八方ミシンによる精密縫製、カップソール圧着
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