修理実録】名作・ザンバラン「フジヤマ」の再生|加水分解からの復活と、Vibram1136による耐久性強化カスタム
2025/12/10
こんにちは、岡山県倉敷市のいずみ靴店です。
遠方のお客様からのご依頼が増えており、職人冥利に尽きる毎日です。今回は滋賀県のH様より、登山靴の名門イタリア・ザンバラン社の名作モデル**「フジヤマ(Fujiyama)」**の修理をご依頼いただきました。
「フジヤマ」といえば、その名の通り日本人の足型に合わせて設計されたロングセラーモデル。堅牢な作りと、履き込むほどに足に馴染む極上のレザーが魅力で、多くのアルピニストに愛され続けている一足です。
しかし、どんな名靴であっても「経年変化」という名の試練からは逃れられません。今回は、登山靴特有のトラブルである**「加水分解」と、それを克服するための「オールソール交換(カスタム)」**の全貌をご紹介します。
1. 診断:見えない敵「加水分解」の進行
H様のブーツが当店に到着し、最初の状態確認を行った際、アウトソールとアッパーの間に亀裂が生じ、ソール全体が剥がれかけている状態でした。
登山靴の宿命、ポリウレタンの劣化
この症状の正体は、登山靴において最もポピュラーかつ厄介なトラブル、**「加水分解(かすいぶんかい)」**です。
ザンバランをはじめ、多くのトレッキングブーツのミッドソール(靴本体とゴム底の間のクッション材)には、**ポリウレタン(PU)**という素材が使用されています。ポリウレタンは「軽量」で「衝撃吸収性が高い」という素晴らしい特性を持っていますが、その反面、水分や湿気と反応して化学分解を起こしやすいという弱点があります。
初期症状: ソールに亀裂が入る、弾力がなくなる。
末期症状: スポンジ部分がボロボロと崩れ落ち、ソールが完全に脱落する。
H様のフジヤマも、このポリウレタン製ミッドソールが寿命を迎え、本来の強度を失っていました。こうなってしまうと、接着剤での補修は不可能です。崩れていく土台の上に何を塗っても意味がないからです。
したがって、既存のソールユニットを全て取り除き、新しいソールを作り直す**「オールソール交換修理」**が必須となります。
2. 難所:純正構造の問題点と「塩ビ系素材」の壁
修理方針が決まったところで、解体作業に入りますが、ここで一つの技術的な課題に直面しました。
接着を拒む素材
フジヤマのこのモデルには、アッパー(革部分)に対して縫い付けられている「ウェルトおよびミッドソール」の層があります。確認したところ、この縫い付けられているベース素材が、どうやら塩ビ(PVC)系の素材であることが判明しました。
靴修理の現場において、塩ビ素材は非常に扱いが難しい部類に入ります。その最大の理由は、**「接着剤の食いつきが著しく悪い」**こと。 経年劣化により可塑剤が抜けたり、表面が変質したりすることで、新しいソールを貼り付けようとしても、十分な接着強度が出ないリスクが高いのです。
「とりあえず強力な糊で貼っておく」という安易な修理を行えば、過酷な山道でソールが剥がれるという最悪の事故に繋がりかねません。H様に安心して長く履いていただくため、当店ではこのベース部分からの抜本的な作り直しを決断しました。
3. 処方箋:EVAスポンジによる「出し縫い」カスタム
ここからが、いずみ靴店の腕の見せ所です。 耐久性と今後のメンテナンス性を考慮し、以下の手順で再構築を行いました。
① 素材の転換:塩ビからEVAへ
接着性能が低下していた塩ビ系のミッドソールを取り外し、代わりにEVA(エチレン酢酸ビニル)スポンジを採用しました。
EVAのメリット:
軽量性: 非常に軽く、足への負担を軽減します。
耐加水分解性: ポリウレタンと異なり、加水分解を起こしません。長期保管しても崩れることがないため、圧倒的に寿命が長くなります。
接着性: ゴムや他の素材との接着相性が良く、強固な結合が可能です。
② 出し縫い(マッケイ/ステッチダウン)による固定
新しく用意したEVA素材のベースを、靴本体に対してしっかりと**「縫い付け(出し縫い)」**ます。 単なる接着ではなく、糸で物理的に固定することで、構造的な強度が飛躍的に向上します。この工程を経ることで、タフな登山道での使用にも耐えうる土台が完成します。
③ ミッドソールの積層
EVAのベースの上に、さらに厚手のミッドソールを挟み込みました。 これにより、クッション性を確保すると同時に、ブーツ全体のボリューム感を調整します。オリジナルのフジヤマが持つ重厚な雰囲気を損なわないよう、全体のバランスを見ながら厚みを計算しています。
4. 仕上げ:信頼の証「Vibram 1136」装着
最後に、地面と接するアウトソールの取り付けです。 今回セレクトしたのは、世界中の登山家に愛されるVibram(ビブラム)社の中でも、ド定番かつ傑作とされる**「Vibram #1136」**ソールです。
Vibram 1136 Roccia(ロッチャ)の特徴
伝統のタンクパターン: 凹凸のはっきりしたブロックパターンが特徴です。泥詰まりしにくく、岩場から土の路面まで、あらゆる地形で安定したグリップ力を発揮します。
適度な硬度と粘り: 路面の情報を足裏に伝えつつ、滑りやすい濡れた岩場などでもしっかりと食いつく粘り気のあるコンパウンド(ゴム質)です。
ヒール一体型: ソール全体が一体成型されているため、ヒール部分だけが剥がれるといったトラブルが少なく、耐久性に優れています。
このVibram 1136を、先ほど構築したEVAミッドソールの積層に強力に圧着し、トリミング(削り込み)を行って仕上げます。
5. 完成:ゴツさと耐久性を兼ね備えた「新生フジヤマ」
修理が完了した姿は、まさに**「質実剛健」**。
オリジナルのソールよりも少し厚みが増し、Vibram 1136のブロックパターンが際立つことで、全体的に**「ゴツい」**イメージに仕上がりました。しかし、それは決して野暮ったいものではなく、本格的なアルパインブーツとしての迫力を増したと言えます。
今回のカスタムによるメリットまとめ
耐久性向上: ミッドソールを加水分解しないEVA素材に変更したことで、経年劣化による崩壊リスクがなくなりました。
メンテナンス性向上: 次回ソールが減った際も、ベースのEVA部分は残したまま、アウトソール(ゴム部分)だけの交換が容易になります。
グリップ力回復: 新品のVibramソールにより、安心して山行を楽しんでいただけます。
H様にも、この生まれ変わったフジヤマで、滋賀の山々をはじめとする様々なフィールドを再び踏みしめていただければ幸いです。
6. プロが教える:登山靴を長持ちさせる秘訣
最後に、今回のような加水分解や劣化を少しでも遅らせ、長く愛用していただくためのポイントをお伝えします。
保管場所が命
登山靴にとって最大の敵は「湿気」です。
NG: 購入時の箱に入れたまま保管、風通しの悪い下駄箱、車のトランク。
OK: 風通しが良く、直射日光の当たらない日陰。
箱に入れておくと湿気がこもり、加水分解が加速します。また、一度も履かずに何年も置いておくと、ゴム中の水分が抜けきらなかったり、逆に油分が変質したりして劣化が進みます。「たまに履いてあげる」ことが、実は一番のメンテナンスになります。
使用後のケア
山から帰ったら、ブラシで泥を落とし、インソールを抜いて陰干ししてください。泥汚れは革の油分を吸い取り、乾燥やひび割れの原因になります。
修理をお考えの方へ
「古い靴だから直せないかも…」 「他店で断られてしまった…」
そんな場合でも、諦める前に一度ご相談ください。 今回のザンバランのように、素材を工夫し、構造から作り直すことで、新品以上にタフな相棒として蘇らせることが可能です。
いずみ靴店では、一足一足の状態に合わせ、最適な修理方法をご提案させていただきます。全国からの配送修理も承っております。
今回の修理DATA
依頼者: 滋賀県 H様
ブランド: Zamberlan(ザンバラン)
モデル: Fujiyama(フジヤマ)
修理内容: オールソール交換
使用部材:
ミッドソール:EVAスポンジ(縫い付け加工)
アウトソール:Vibram #1136
特徴: 加水分解対策、耐久性強化カスタム
この度は遠方よりご依頼いただき、誠にありがとうございました。 またのご利用を心よりお待ち申し上げております。

