いずみ靴店

【Dr.Martens】神奈川県 A様ご依頼:ファスナー交換修理の全記録 ~オリジナルパーツを活かす「移植」という選択~

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【Dr.Martens】神奈川県 A様ご依頼:ファスナー交換修理の全記録 ~オリジナルパーツを活かす「移植」という選択~

【Dr.Martens】神奈川県 A様ご依頼:ファスナー交換修理の全記録 ~オリジナルパーツを活かす「移植」という選択~

2025/12/04

【Dr.Martens】神奈川県 A様ご依頼:ファスナー交換修理の全記録 ~オリジナルパーツを活かす「移植」という選択~

こんにちは、岡山県倉敷市にある「いずみ靴店」です。

当店は地元・倉敷のお客様はもちろんのこと、全国各地から郵送での修理依頼を承っております。今回ご紹介するのは、遠方・神奈川県にお住まいのA様よりお預かりした、一足の**Dr.Martens(ドクターマーチン)**のブーツについてのお話です。

世界中で愛されるドクターマーチン。その堅牢な作りとパンクロックの精神を宿したデザインは、履き込むほどに持ち主の足に馴染み、唯一無二の相棒となっていきます。しかし、どんなに丈夫なブーツであっても、消耗品であるパーツにはどうしても寿命が訪れます。

今回は、ブーツの脱ぎ履きに欠かせない「ファスナー」のトラブルと、それに対する当店の修理アプローチについて、じっくりと解説していきたいと思います。

1. 診断:ファスナーの「布」が破れるという意味

今回、A様からご相談いただいた症状は、**「ファスナーの布部分が破れてしまい、閉まらなくなってしまった」**というものでした。

靴修理の現場において、ファスナー(ジッパー)のトラブルは非常に多い案件の一つです。しかし、一口にファスナートラブルと言っても、その原因は大きく分けて2つあります。

エレメント(務歯)やスライダー(開閉金具)の摩耗・破損 金属部分がすり減って噛み合わせが悪くなり、閉めても勝手に開いてしまう症状です。

テープ(布地)の破損 ファスナーのベースとなっている布の部分が裂けたり、穴が開いたりする症状です。

今回お預かりしたドクターマーチンは、後者の**「布の破れ」**でした。

なぜ布が破れるのか?

ブーツ、特に足首周りがタイトなデザインや、革がしっかりしているドクターマーチンのような靴の場合、ファスナーを上げる際に強い横方向の力が加わります。特に脱ぎ履きの際、足首の角度によっては、スライダーが通る瞬間にテープ部分に過度な負荷がかかり続けることがあります。

金属部分は丈夫でも、それを支える布地(テープ)は繊維です。長年の使用による疲労や、一瞬の強い力がきっかけとなり、テープが「ビリッ」と裂けてしまうのです。

「布の破れ」は交換のサイン

非常に残念なお知らせになりますが、ファスナーのテープ(布)部分が破れてしまった場合、部分的な補修は不可能です。布を縫い合わせても、スライダーが通る道であるためすぐに詰まってしまいますし、接着剤も役に立ちません。

したがって、この症状が出た場合の修理方法はただ一つ。**「ファスナー全体の交換」**となります。

2. 選択とジレンマ:YKK製ファスナーへの換装について

ファスナーを全交換することになった場合、必ずお客様にご説明し、ご了承いただかなければならない重要なポイントがあります。それは**「ブランド価値」と「実用性」のバランス**についてです。

ドクターマーチンの純正ファスナーは、ブランド独自のロゴが入っていたり、特定の海外規格のものが使われていたりします。しかし、我々のような一般の修理店には、メーカー純正のロゴ入りファスナーは流通しません。

そこで当店が使用するのは、日本が世界に誇るファスナーメーカー**「YKK」**の製品です。

ブランド価値の低下というリスク

正直に申し上げますと、純正品以外のパーツを使って修理を行うことで、厳密な意味での「ブランドオリジナルの価値(コレクター的な価値)」は下がってしまう可能性があります。「フルオリジナル」ではなくなるからです。

しかし、A様をはじめ、多くのドクターマーチンユーザー様が求めているのは、飾りとして置いておくことではなく、**「またこの靴を履いて街を歩きたい」**という実用的な復活ではないでしょうか。

YKKのファスナーは、耐久性、開閉のスムーズさにおいて世界最高水準の品質を誇ります。純正品にこだわって履けなくなった靴を放置するよりも、信頼できるYKK製に交換して、ガンガン履き込んでいただく。それが「靴としての幸せ」であると、私共は考えています。

3. 職人のこだわり:スライダー「移植」手術

さて、ここからが今回の修理のハイライトです。

通常、ファスナー交換というと、持ち手(スライダー)も含めてすべて新品のYKK製品に変わってしまうのが一般的です。しかし、今回A様のブーツを詳細に点検したところ、あることに気づきました。

「布は破れているが、金属のエレメント(歯)やスライダー(持ち手)自体は、まだ摩耗しておらず綺麗だ」

そこで今回は、単なる交換ではなく、**「スライダーの再利用(移植)」**をご提案しました。

スライダー再利用のメリット

ドクターマーチンのファスナーの持ち手(引手)には、ブランドの刻印が入っていたり、特定のデザインのリボンがついていたりすることがあります。これを汎用のYKKの金具に変えてしまうと、どうしても「修理しました感」が出てしまい、デザインの雰囲気が少し変わってしまいます。

今回は、以下の手順で作業を行いました。

古いファスナーの撤去: 破れたファスナーをブーツから丁寧に取り外します。

スライダーの救出: 古いファスナーから、ロゴ入りのスライダー(持ち手)やリボンを無傷で取り外します。

YKKファスナーの調整: 新しく用意したYKKの金属ファスナー(最もドクターマーチンの雰囲気に近い色・太さを選定)を用意します。

移植(ドッキング): ここが技術の見せ所です。YKKの新しいレール(歯)に、ドクターマーチンの純正スライダーを通します。 ※すべてのファスナーでできるわけではありません。レールの規格(サイズや形状)が一致する場合のみ可能な裏技です。今回は幸運にも規格が合致しました。

この工程を経ることで、**「機能(レールとテープ)は新品のYKK」でありながら、「見た目(持ち手)はドクターマーチンのオリジナル」**という、理想的なハイブリッド状態を作り出すことができます。

これにより、ブランドの雰囲気を極力損なうことなく、耐久性を回復させることに成功しました。

4. 縫製技術:八方ミシンによる再生

ファスナーの準備ができたら、いよいよブーツ本体への縫い付け作業です。ここで活躍するのが**「八方ミシン(はっぽうミシン)」**という特殊なミシンです。

ブーツ修理の要、八方ミシン

一般的な家庭用ミシンや洋裁用ミシンは、布を平らに置いて縫います。しかし、立体的なブーツ、特に筒状になっている部分にファスナーを縫い付けるのは、普通のミシンでは不可能です。

八方ミシンは、その名の通り「八方(あらゆる方向)」に縫い進めることができる特殊な構造をしています。また、筒状の靴の中に腕(アーム)を差し込んで縫うことができるため、ドクターマーチンのようなロングブーツやミドルカットのブーツの修理には欠かせない機材です。

針穴を追う技術

縫製において最も気を使うのは、**「元の針穴を拾う」**ことです。 革という素材は、布とは違い、一度開いた穴は塞がりません。修理の際に、元の穴とは違う場所に針を落としてしまうと、革が穴だらけになり強度が落ちてしまいます(ミシン目のようにそこから裂けてしまう原因になります)。

一針一針、元の針穴を目で追いながら、正確に針を落としていく。 この地道で集中力を要する作業こそが、仕上がりの美しさを左右します。A様のドクターマーチンも、元のステッチ跡を正確にトレースし、違和感のないように縫い上げました。

5. 修理完了:再び神奈川へ

修理を終えたドクターマーチンは、見違えるようにスムーズに開閉できるようになりました。

見た目: 持ち手やリボンは元のままなので、パッと見ただけでは修理したことがわからない自然な仕上がり。

機能: ベースは新品のYKKテープなので、強度は抜群。これからの激しい使用にも耐えられます。

「ブランド価値は下がる」と前述しましたが、この「スライダー再利用」の手法を取ることで、実質的なデザイン価値の低下は最小限に抑えられたと自負しております。

丁寧に梱包し、再び神奈川県のA様のもとへ発送いたしました。

6. ドクターマーチンを長く履くためのアドバイス

最後に、ドクターマーチンのファスナーを長持ちさせるための豆知識を少しだけご紹介します。

ファスナーの上げ下げのコツ

ファスナーを上げる際、両側の革を手で寄せて、**「レール同士を近づけてから」**スライダーを引き上げてください。 革が左右に開いた状態で、スライダーの力だけで無理やり閉めようとすると、今回のようにテープ(布)に横方向の強烈な力がかかり、破れの原因になります。

定期的なメンテナンス

ファスナーの滑りが悪いと感じたら、無理に引っ張らずに「ファスナー用ワックス」や「シリコンスプレー」を少量塗布してください(革にかからないように注意!)。滑りを良くすることで、テープへの負担を大幅に減らすことができます。

7. まとめ:距離を超えて届く職人魂

今回のご依頼のように、いずみ靴店では**「ただ直す」だけでなく、「どうすればお客様にとってベストか」**を常に考えながら作業を行っています。

「地元の修理店では断られた」 「純正の雰囲気を壊したくない」 「でもしっかり履けるようにしたい」

そんなお悩みをお持ちの方は、距離に関わらず、ぜひ一度ご相談ください。LINEやメールでの画像診断も行っております。

神奈川県のA様、この度は大切なドクターマーチンの修理をお任せいただき、本当にありがとうございました。修理されたブーツが、これからもA様の足元を支え、素敵な場所へ連れて行ってくれることを願っております。

今回の修理内容まとめ

ご依頼主: 神奈川県 A様

対象製品: Dr.Martens(ドクターマーチン) ブーツ

修理内容: ファスナー交換(YKK製・黒)

特記事項:

テープ破れによる全交換

純正スライダー(持ち手)およびリボンを再利用(移植)

八方ミシンによる元の針穴トレース縫製

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